スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

GREGG KAPLAN (グレッグ・カプラン)








PLATE LUNCH

GREGG KAPLAN (グレッグ・カプラン)はノースショア、マウイ島出身のアーティスト、サーファー、スケートボーダー。
文化に富んだハワイの美しさに影響を受けている。
様々な素材やテクニックを用いて行われるペインティングやデッサン、テキスタイルデザインを通じて彼はAlohaの精神を最大限に表現することを目標としている。
アロハシャツやTシャツ、アクセサリーを取り扱うハワイのブランドPlate Lunchのアートを担当する他、
日常的にアート制作に取り組んでいる。
カプランはVans US Open of Surfingのアーティストでもあり、
2013 Vans World Cup of Surfingと2014 Vans Triple Crown of Surfingのアートを担当した。
今後決まっているプロジェクトにはPlate Lunchとのコラボの他に、
アパレルやフットウェアを含むVANS + Gregg Kaplanの特別コレクションが今夏予定決まっている。



横浜の赤レンガ倉庫で行われていたGreen Room Festival
フェスにはサーフィンにゆかりのあるアーティストがたくさん参加し、作品を展示していました。
そんな中にはHITOZUKIのKAMIさんのようにスケートボードから影響を受けているアーティストもいます。
その1人がGREGG KAPLAN (グレッグ・カプラン)です。

作品を見て回っていると、Tシャツやアロハシャツなどグッズも販売。
出身地のハワイに大きく影響を受けているGREGG KAPLAN (グレッグ・カプラン)の作品は
色彩豊かで、どこかゆるいというか、優しい色使いです。
見ていてあきないし、生活の中にすんなりと入りこんでしまいそうな印象でした。

会場には本人もいて、少し絡ませていただいたのですが、とても気さくで優しそうな人でした。
VANSなどとのコラポや兄弟で一緒に運営をしているブランドPlate Lunchは今後注目して行きたいです!

Jessica Hilltout (ジェシカ・ヒルトゥ)

1977年ベルギーに生まれる。
イングランドのブラックプールの芸術大学に入学した後、商業写真を仕事とした。
2002年にアジア、アフリカを撮影しながら旅行をする。
上の男の子たちの写真は「A MEN」という個展での作品で、
アフリカのサッカー少年たちを追いかけたもの。
上から6番目の写真(後ろの壁が赤)を見ていいなぁと思った。
黒人の肌が光ってて銀色に見える。
他の男の子たちもいい意味でがっつりカメラ見てて、写真やけどリアリティを感じる。
カメラを意識させへん自然体の写真が好きやけど、
これ見たら、おもいっきり意識させた写真も撮ってみたくなった。
話は変わるけど、
先月の3月いっぱいでALLEGED BOBのギャラリーは閉めてしまいました。
来てくれた人、ありがとうございます!!
開けてないときも多かったし、来てくれたのにしまってた人はごめんなさいw
ギャラリーは閉めてしまったけど、活動は続けていきたいし、
なんかやるときは是非見に来てください。
このブログも続けていきます。
今まではアーティストを紹介するのが中心やったけど、
これからは色々気まぐれにやっていこうと思います。
だから、これからもよろしくお願いします!!

Sarah Harvey


1981年生まれ。
2004年にNewcastle Universityを卒業。
現在はイースト・ロンドンでスタジオを持っている。

初めは写真やと思ったけど、よく見るとペイント。
作品は主にセルフポートレイトで、水面によって屈折した姿を描いている。
大学時代の旅行先でこのアイデアに出会ったらしい。
やっぱり普段と違う環境にいると新しい発見とかしやすいんかな。
この人の作品は水中やからか、心地いい感じがする。
どっかでのんびり泳ぎたい。

MacintoshのCM「1984」リドリー・スコット

MacintoshのCM「1984」
http://www.youtube.com/watch?v=C91OmZJsVks
84年の中頃、1月22日のスーパーボール(NFLプロフットボールのチャンピオン決定戦)の実況中継のなかに、それは登場した。スーパーボールは、毎年、各テレビネットワークが実況の権利を獲得するためにしのぎを削るスポーツ・イベントで、広告料も、スポット一回が160万ドルという破格の値段になっていた。この年は当時のロサンジェルス・レイカーズとワシントン・レッドスキンズが対戦したが、その第三クォーターの途中で、画面が突然ゆがんだようになって、奇妙なシーンが映し出された。、、、


この映像は、『ブレードランナー』や『エイリアン』、あるいは大阪を舞台にした『ブラック・レイン』などで知られるイギリス人監督リドリー・スコットがつくったものである。
(枝川公一著 シリコン・ヴァレー物語より)

Manholes Project

 

イタリアのミラノでは市とThe Don Galleryの協力によってManholes Progectが行われている。
参加アーティストはSHEPARD FAIREY, INVADER, THE LONDON POLICE, FLYING FORTRESS, RENDOである。

今回のプロジェクトに参加しているのはイリーガルで活動していたストリートアーティストばかりで「出過ぎた杭は打たれない」んだなーと思ってしまった。
こんな風にいいものはいいと認めていける環境はすごくいいと思う。
これからもっとこんなことが増えてくるやろうし、日本でもこんなん増えてほしい。

Man Ray


本名はEmmanuel Rudsitzky。
1890年8月27日に生まれ、1976年11月18日に他界。
アメリカのフィラデルフィラに生まれ。
ニューヨーク、パリ、ロサンゼルスと各地で過ごし最後はパリに戻り活動した。
画家、彫刻家、写真家として多くの作品を制作した。
写真ではレイヨグラフ、ソラリゼーションなど、さまざまな技法を用いたり、
同時代の芸術家のポートレートを得意とした。
また、ファッション雑誌などにも作品を残すなど様々な写真を残している。

今の時代だったら上の写真のような効果はパソコンで編集すれば簡単に再現することが出来ると思う。
けど、パソコンで加工してプリントしたものとはちょっと雰囲気が違う気がする。
今、こういう感じの作品が作られたら綺麗にまとまってるはず。
マン レイの写真は荒々しい。かなり実験的なにおいがする。
けど、それがおもしろいし、かっこいい。
パソコンで色々なことできるけど、逆にこういう荒い雰囲気を出すのは難しい。
やっぱりアナログはアナログのよそがあるんやと思った。

Henri Cartier-Bresson


フランスの写真家(1908年8月22日 - 2004年8月3日)
20世紀を代表する写真家であると多くの写真家・芸術家から評されている。
シャントルーの中流家庭に生まれる。
1923年頃にシュルレアリスムの影響を受け、彫刻家のアンドレ・ロートに師事する。
1931年からマン・レイによる影響で本格的に写真に取り組み始める。
小型レンジファインダーカメラを駆使し、主にスナップ写真を撮った。
彼はライカに50mmの標準レンズ、時には望遠レンズを装着して使用した。
1947年にはロバート・キャパ、デヴィッド・シーモア、ジョージ・ロジャーと共に国際写真家集団「マグナム・フォト」を結成した。

写真を探してたらいいのありすぎて選びきれんかった。
上以外にもflickrにあるから興味のある人は見てみて。
前回に取り上げた木村伊兵衛が「日本のアンリ・カルティエ=ブレッソン」と呼ばれていたことからもわかるように、この人もストリートスナップを得意としていた。
日常の中のほんの一瞬をうまいこと撮っている。
日常の中でも少し変わった出来事を射抜いているからなんか映画のワンシーンみたいな雰囲気がある。
でも、作ってるのではなくて自然発生した瞬間だから嫌味ぽさがまったくなくていい。

木村伊兵衛


1901年12月12日生まれ。
戦前・戦後を通じて活躍した日本を代表する著名な写真家の一人。
報道・宣伝写真やストリートスナップ、ポートレート、舞台写真などさまざまなジャンルにおいて数多くの傑作を残している。
同時代を生きた写真家、土門拳とはリアリズム写真において双璧をなす。
1974年5月31日死去。

写真界の芥川賞と呼ばれる「木村伊兵衛写真賞」ができるほど、日本の写真界に影響を与えた人物。
自然な写真を好んで撮ったらしく昔の雰囲気が分かる写真が多い。
カラーの方の写真は木村伊兵衛が戦後パリに長期滞在したときの写真で、90年代中頃のパリがわかる。
たぶん写真の日本とフランスの時期は同じくらいやと思うけど、日本「必死」、パリ「余裕」って感じる。
この時代の日本の活き活きしてる感じはすんごい好き。
パリの方の写真がぶれているのが多いのは低感度フィルムだったかららしい。
でも、そのぶれが映像みたいな雰囲気出てていい。

Jun Inoue



神奈川県厚木市生まれ。 
06年にはsummer sonicにも招待され、08年のmetamorphoseでは2000人の観衆の前でライブペイントを行い盛況を収めた。
また海外からも注目を集め、08年オーストラリアで行われたアートフェスティバル「NOCOMPLY」より出展オファーを受け、出展作品は長期にわたり巡回している。
2010年の2月にはアメリカのポートランドで海外で初の作品展示をQUESTA a.k.a Que Houxoと開いた。

作品を制作する中で「間」をすごく大切にされているらしい。
「間」というはなんか日本人の美意識の中でかなり重要なもののような気がする。
寺などには空間自体に「間」が存在していて、それに感動しているのだと思う。
なんか「間」の大切さを改めて感じた。

Paul Fusco



1930年、アメリカのマサチューセッツ州に生まれる。
1940年代より写真に興味を示し、
1951年から3年間写真家としてアメリカ陸軍通信隊に所属する。
1957年、オハイオ大学でフォトジャーナリズムの学士号を取得。
同年より1971年の長きに渡り「ルック」誌を代表する専属写真家として活躍し、アメリカ各地を取材した。 
1974年、多くのマグナムの写真家の推薦によって正会員として迎えられた。

写真は2000年に編集された写真集「RFK Funeral Train」からで、1968年のロバート・ケネディの遺体を運ぶ列車から撮影されたもの。
なんか歴史的な写真で当時のリアルな雰囲気がすごい。
アメリカでは大統領が死んでこんなに人が集まってきているけど、日本では絶対に集まらんやろうなぁ。
サイトにあるチェルノブイリの写真集とかもすごい迫力がある。